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東京地方裁判所八王子支部 昭和42年(わ)4号 判決

被告人 朝倉重憲

大一五・六・二五生 医師

主文

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は八王子市南浅川町三、八一五番地において朝倉病院(精神科、外科、内科)を経営管理していた医師であるが、

第一、昭和四一年一月二五日前記病院の入院患者渡辺トク(当時満六三才)が屋外療法実施中行方不明となりその所在を捜索していたところ、

(1)  同月二七日午前七時ごろ前記病院の北方約五〇〇米の同市南浅川四、二二四番地国有林四五班区内の沢の中で右渡辺トクが死体となつて発見され、同病院に搬入された後同日午前一一時ごろ同所において右死体を検案した際、右死体に異状があると認めたにも拘らず二四時間以内に所轄警察署にその旨届出をしなかつた

(2)  同月二八日右病院において、八王子市長檀竹円次に対し提出する前記渡辺トクの死亡診断書を作成するに当り、同人が前記のごとく国有林内において死亡したものであることを知悉しながら、同病院事務長金子和生と共謀の上、同人においてことさらに死亡の場所を「東京都八王子市南浅川町三八一五朝倉病院」と記載して同年一月二八日付被告人作成名義の死亡診断書一通を作成し、もつて医師として公務所に提出すべき診断書に虚偽の記載をした上、これをその頃同市役所浅川支所において、同支所戸籍係係員に対し、情を知らない渡辺長美を介して恰かも真正に成立したものの如く装つて渡辺トクの死亡届とともに提出して行使した

第二、法定の除外事由がないのに拘らず、同年三月一日ごろから同年四月一一日ごろまでの間、右病院において、医業を行う病院の管理者として同病院に医師を宿直させなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一、判示第一の(1)の所為につき、医師法三三条、二一条

一、同(2)のうち虚偽診断書作成の所為につき刑法六〇条、一六〇条、罰金等臨時措置法二条、三条、同行使の所為につき同法六〇条、一六一条一項、一六〇条、罰金等臨時措置法二条、三条、右牽連犯につき刑法五四条一項後段、一〇条(重い虚偽作成診断書行使罪の刑を以つて処断し、所定刑中罰金刑を選択する。)

一、同第二の所為につき、医療法七四条一号、一六条

一、併合罪につき、刑法四五条前段、四八条二項

一、換刑留置につき、同法一八条

一、訴訟費用につき、刑事訴訟法一八一条一項本文

(被告人の主張に対する当裁判所の判断)

被告人は判示第一の(1)の事実につき捜査段階で大略次のごとく主張している。即ち「昭和四一年一月二五日午後五時半ごろ渡辺トクがいないという報告をうけた。同女は行方不明になる前は別に異状はなく、ただ四、五日前に軽い脳出血の症状をみせたことがあり注意していた。前日に尿毒症のような症状をみせたので脳症を起し突発的に発狂することもあり得るので、それでとび出したとも考えてみたが原因は判らなかつた。同月二七日午前一〇時ごろ同女が裏山の沢の中で死んでいたとの報告をうけた。死体はレントゲン室で検案した。まず外傷の有無を調べ骨折、裂創、切創のないことを確認し、ついで瞳孔が散大していることを確認し、自他殺を考え、首のまわりも調べたが異状はなかつた。人工呼吸を一回して水を飲んでいるかどうか調べたが異状なく、ゴム管を使い胃液を出したが異状はなかつた。以上の検案結果から私は死因は尿毒症による心臟麻痺を起したものと判断した。例え病院外で死亡した者でも前に診察して一定の症状があつたので、これが原因で病死したもので変死や異常死ではないと認め、警察には届出なかつた」(以上昭和四一年四月二〇日付司法警察員に対する供述調書)というのであつて、当公判廷においても死体検案の結果、死因につき特段の異状は認めなかつたから届出義務はない旨の供述をしている。

ところで医師が死体を検案して異状があると認めたときは二四時間以内に所轄警察署に届け出なければならないことは医師法二一条が定めるところであり、更に変死者又は変死の疑のある死体があるときは警察署長はすみやかに警察本部長にその旨報告すると共に、その死体所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官に死体発見の日時、場所、状況等所定事項を通知し(国家公安委員会規則第三号検視規則三条)右通知をうけた検察官が検視をする(刑事訴訟法二二九条一項)のであるから、かかる法制上のたてまえから考えると、右医師法にいう死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきであり、したがつて死体自体から認識できる何らかの異状な症状乃至痕跡が存する場合だけでなく、死体が発見されるに至つたいきさつ、死体発見場所、状況、身許、性別等諸般の事情を考慮して死体に関し異常を認めた場合を含むものといわねばならない。何故なら医師法が医師に対し前記のごとき所轄警察署への届出義務を課したのは、当該死体が純然たる病死(自然死)であり、且死亡にいたる経過についても何ら異状が認められない場合は別として、死体の発見(存在)は応々にして犯罪と結びつく場合があるところから、前記のごとき意味で何らかの異状が認められる場合には、犯罪の捜査を担当する所轄警察署に届出させ、捜査官をして死体検視の要否を決定させるためのものであるといわねばならないからである。そしてこの事は当該医師が病院を経営管理し、自ら診療中である患者の死体を検案した場合であつても同様であり、特に右患者が少くとも二四時間をこえて医師の管理を離脱して死亡した場合には、もはや診療中の患者とはいい難く、したがつてかかる場合には当該医師において安易に死亡診断書を作成することが禁じられている(医師法二〇条参照)のであるから、死体の検案についても特段の留意を必要とするといわねばならない。ところで前掲各関係証拠によれば、渡辺トクは被告人の経営管理していた朝倉病院の入院患者で被告人自ら診療していたものであるが、死亡前約二日間右病院を脱走して所在不明となつていたこと、生前には特段死亡する病因はなかつたこと、同女が死体となつて発見された場所は前認定のとおり右病院の北方約五〇〇米離れた高尾山中の沢の中で附近は人家はなく、人通りも殆んどない高尾山の登山路にかかつた丸木橋の近くであること、同女が相当老令であることが認められ、以上のごとき事情に徴すれば被告人が検案した渡辺トクの死体に関し異状があつたことは明白であるといわねばならないから、この点について被告人の主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋浩二)

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